宵待奇譚 『貿易商とその妻』紹介

2019年9月7日宵待奇譚(掌編・短編小説集)作品紹介

 

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アルチュール・ランボー

 

この掌編小説にはモデルがいます。

それは、アルチュール・ランボー( 1854年10月20日 – 1891年11月10日)。19世紀後半のフランスの詩人です。「イルミナシオン(Illuminations) 」や「地獄の季節(Une saison en enfer)」などの詩集があります。そして彼はまた、砂漠の貿易商でもありました。

天才詩人と評されたランボーは、二十歳すぎたところで筆を折りました。彼が詩を書いていたのは15歳ころから20歳までの約5年間にすぎません。その後、度重なる放浪を繰り返したのち、37歳の若さで骨肉腫が原因で死ぬまで、アフリカあたりで貿易商を営んでいました。実は彼が商人として活動していた期間は詩人として生きていた期間よりも長いのです。

アルチュール・ランボーは、詩をやめた二十歳過ぎからは何ら文芸作品を残しておらず、また37歳という若さで死ぬまで世間に対し音信不通だったので、文学的には、彼の20歳以降の人生は余生ととらえられているかもしれません。あるいは、砂漠の武器商人かつ奴隷商人(後者は根拠のない風評のようですが)として、ランボーらしいいかがわしさが強調されるように、いわば伝説的に語られてきたかもしれません。(ランボーはよくアフリカ商人と言われていますが、アデンというアラビア半島の先端の港町を拠点とした、そして紅海対岸のエチオピアを中心としたアフリカ東部を市場として開拓したアラビア商人と言うべきかもしれません。)

ランボーのこの頃について書かれた評伝などを読んでいるとあまりパッとしない、天才詩人アルチュール・ランボーのイメージからは程遠い人物像が浮かんできます。でも彼は商人としての一番大切なもの、すなわち顧客に対する誠実さ、そしてなによりも冒険心、(今様にいえば、市場開拓精神)を持ち合わせた大変立派な貿易商であったと思います。そして彼は、死ぬまで、自分自身に対し誠実に生き通した、彼が言うところの詩人であり続けたのではなかったでしょうか。つまり「詩人は見者でなくてはならない」という少年のランボーが発見したテーゼに自分自身が忠実に生きたのだと思います。貿易商として生きた詩人アルチュール・ランボー。どうしても書いてみたい題材でした。