抗がん剤についての覚書

2019年8月10日すい臓がんのこと

このブログではあまり癌のことを書きたくないと思ってるのですが、そもそも末期癌を前提にしたブログでもあるのだから、さけて通れない話題でもあります。

抗がん剤の話をする前に、今の状況を少し書いておきます。これは、3週間前に抗がん剤を始める前、今お世話になっている大学病院と、たまたま縁あってセカンドオピニオンを取ったオランダの病院の所見を総合したものです。

私の癌の所見とこれまでの経緯

病名:膵頭癌 
昨年6月、急に激しい腹痛見舞われ、最初行った総合病院で、すでにがんの疑いを指摘されていました。1年と2カ月前のことです。その時の医師の説明では、CT検査の結果、膵頭部に1.7センチほどの影があり、膵炎の可能性もあるが腫瘍の可能性も否定できない、といわれました。その後、その病院からの紹介で今お世話になっている大学病院に転院しましたが、そこで膵臓癌と診断されたのは昨年の12月でした。実に半年後のことです。診断の根拠は癌マーカーが極端に上がり始めたためでした。そしてその後、今年2月に、細胞診の結果、膵頭癌と確定診断されました。

3週間前の時点での私の癌の状態

(これはオランダの病院のセカンドオピニオンとしてのメールでの回答をまとめたものですが、)
膵頭部の癌、サイズ約7cm
癌は大動脈と上腸間膜静脈にそって成長しており、上腸間膜動脈および腹腔動脈も巻き込んでいる状態。肝臓への転移の疑いが画像から見受けられる


日本もオランダも一致している意見としては、手術適応外。化学療法が唯一の治療法ということでした。

これまでの生活状況

昨年6月に腹部に激しい痛みを覚え、癌を覚悟してからすでに1年以上たちました。この間、定期的に襲ってくる激しい腹痛を我慢しながら、今年の3月まで、毎月 海外出張にも出かけていました。 子会社のある台湾やシンガポールなどのアジア諸国、オランダ、ドイツ、フランスなどヨーロッパ、そして中東のドバイなどに、多い月は1週間程度の出張を3回。ほぼ海外で仕事をしているような状況でした。
その間、症状としては腹痛以外はなく体調も悪くありませんでした。
昨年12月に癌が確定したときに、社内の主要メンバーと台湾子会社の社長には自分が癌であることを開示し、私の死んだ後の事業承継について話し合いを始めました。その後今年5月には、(後述しますが余命3カ月と宣告されたので)ステークホルダーでもある弊社のメインバンクにも自分が癌であることを開示し、銀行も巻き込んで事業承継について話し合ってきたところです。(すでに私の死後のある程度の事業承継の方向性については定まりもしました。)

抗がん剤についての私の考え

そして抗がん剤については、いろんな意見を参照したうえで、自分の結論として、抗がん剤治療はやらないつもりでした。理由の第一は抗がん剤という「毒を持って毒を制する」的なイメージに根拠のない抵抗感があったことでした。また、大学病院では主治医の先生から「後期高齢者ならいざ知らず、私の年齢(57歳)で抗がん剤治療をしないという選択をしているのはあなただけですよ」、と言われたので、生来天邪鬼な私は、「じゃあ、私は抗がん剤をやらないという道を選んでみよう」とも思っていました。
甘く考えていたこともありました。病院では、5月に、抗がん剤をしなければ余命は数か月ですよと言われてましたが、同時に抗がん剤をしても延命は多分1年程度だろうといわれていました。それなら、ひょっとして、抗がん剤をしない方が長生きできるんではないか?延命によって得られる余命とは、体が抗がん剤に耐えられる時間のことではないのか?そうも思ったのです。(主治医の先生には当然こんな意見を言えませんけど・・・)

抗がん剤を始める直前の状態

ところが、1か月ほど前から状態が急変しました。上述のように、もともと5月の段階で抗がん剤をしなければ余命3ヶ月程度と言われていて、今月、来月もありうるといわれていましたが、6月の終わりころから体調が極端に悪くなってしまいした。
朝おきてから、すでにとても気分が悪く、食事をすると吐き気がするし、腹痛も、日々の鎮痛剤(オキシコドン)を飲みながら、それでも夜は、激しい腹痛や背中の痛みで、毎夜、明け方まで眠れなく、その間、頓服的に飲む、オキノームという薬があるのですが、それを、5mg x 13包程度、適当に時間を空けて明け方近くまで飲んでやっと落ち着くような状況でした。毎日毎日、ベッドから起き上がれず、本当に苦しかった。会社に出社できないどころか、家から出ることもままならなくなって。
「そうか、もうこのまま死ぬのかもしれないなあ」、と思っていた頃、弊社の技術顧問をしていただいている大学教授(薬学)から、「治療のため1回は抗がん剤を経験してみた方がいいですよ」と提案され、また、彼からメールで抗がん剤ついて結構長文の説明と見解を頂きました。私が抗がん剤をやらないということも、理由も含めて十分理解してくれていたうえでの彼の意見でしたので、私は自分の考えを変えて、抗がん剤をやってみることにしました。また主治医の先生からも、抗がん剤の効果として、痛みの緩和も十分期待できるといわれていましたので、その頃の耐えられない痛みから逃れられるのなら抗がん剤をやってみようと切に思い始めました。

抗がん剤の種類と投与後の状態

最初と2回目の投与は、7月中旬、入院して様子を見ながらの投与でした。抗がん剤は、アブラキサン+ゲムシタビン。よくある組み合わせのようです。
病院での2回の投与は予想よりも楽でした。投与後は、吐き気がして、入院中ほとんど食事できませんでしたが、飲み物は十分飲めたし、こんなもんかという感じでした。体重は抗がん剤を始めてから3kg程度落ちたかな?でも気が付くとこの1年ですでに15kgぐらい落ちたていたから目立って体重が落ちたという感じではありません。
退院後は、それでも大事を取って一日中家で過ごしていました。今は便利な時代です。仮想プライベートネットワーク(VPN)で会社のサーバーの自分だけのコンテンツにつなげられるので、難なく仕事ができます。電話やスカイプで会社や台湾支社の人間ととコンタクトするのでコミュニケーションには特に不便はありません。
でも根っからの仕事人間である私は、やっぱり会社に出社して皆の顔をみながらコミュニケーションをしたい。営業に行きたい。体調が戻ってくるとそれがまたストレスに感じるようになりました。

その後今日までの状況

そして先週7月の最終金曜日、3回目の抗がん剤を投与するために外来に行ったのですが、血液検査の結果、どういったわけか炎症反応(CRP)が10以上と異様に高く、抗がん剤の投与が見送られました。第1回目のクールは2回で終了し、1週間休んで第2クールに入るという治療方針でした。
そうすると、驚いたことに、その後の一週間、体の状態が驚くほど快適になりました。先週の水曜日くらいから体のだるさや吐き気もなくなり、気が付くと、この1年ずっと悩まされてきた腹部や背中の痛みが全く消えたのです。鎮痛剤も全く飲まなくて済みました。抗がん剤ってこれだけ体を痛めつけていたのかと実感したのですが、よくよく考えてみると、それでも上述のように抗がん剤をする直前よりは抗がん剤をした後のほうが随分と状態はいいのだと気づいたのでした。
それで先週の木曜日に、久しぶりに会社に出社することにしました。若い社員たちは私が癌であることを知らないので、抜け始めたぺんぺん草のような五分刈りの頭をみて彼らはどう感じるだろうという心配もあったのですが、逆に、社員全員に自分が癌であることが分かってしまった方が、自分自身がこれから生きやすかろうとも思ったのでした。そして何よりも体の状態がよくなると仕事がしたくてしようがなくなったのでした。
それゆえ、その日の午後は出社して何人かの社員とミーティングをし、台湾支社の社長ともスカイプで打ち合わせをして、久しぶりにテンションが上がっていました。

抗がん剤第2クール開始

そして先週金曜日、病院外来で延期されていた3回目の抗がん剤投与の日。血液検査の結果、CRPがかなり下がっているので、投与が決定されました。そしてそれが通常のことかどうかわかりませんが、癌マーカー(たぶんCA19-9)が1000程度から300台に落ちていました。主治医の先生も「いいですね」と言ってくれました。

その日、外来での抗がん剤の投与が終わったのが午後1時ごろでしたが、あまり体調に変化がなかったので前日のように出社し、張り切って打ち合わせや残務処理を行っていたのですが・・・
しかし夕方、突然今まで経験したことのない気持ち悪さ、というか倦怠感に襲われて、身動きが取れなくなってしまいました。体と気持ちがフリーズしてしまったという感じでした。どう表現すればよいのかわからない得体のしれないけだるさ。吐き気はないのですがひたすら気持ち悪いとしか言いようのない状態。机に突っ伏したまま動かない私を心配して、幹部社員が私を自宅まで送ってくれました。ごめんね、迷惑をかけてしまった。

家に帰ってきてからもこの異様な気持ち悪さは激しくなって、ベッドに横になっていても、寝返りを打っても苦しく、かといって、起き上がって座っているともっと気持ち悪く、なんともしようがありませんでした。

その後夕刻から夜にかけて少し眠ってしまい、結構夜が更けてから目が覚めたのですが、起き上がってみたら、驚いたことにその気持ち悪さが極端に緩和されていました。そうかこれが言われていた抗がん剤の苦しさなのか?
いずれにせよ、ずいぶん楽になりました。

緩和ケアの先生は、抗がん剤は、1剤目はいずれ効かなくなってくるから、2剤目、3剤目と進めてゆくんだけど、患者さんを見ていると1剤目よりも2剤目、2剤目よりも3剤目と進むにつれて苦しさが増してゆく人が多いようだ、といっていました。

それから数日たちました。今週も体調はそれほど悪くなく、日曜日には、会社で米国に出張する3人の社員と戦略会議をおこない、今日にいたって毎日出社していますが、今のところ状態はとてもいい感じです。相変わらず食事をすると必ず気持ち悪くなり、激しい下痢に見舞われるので、食事はあまりとれないのですが、仕事に集中しているほうが気持ち悪さから回避されるし、この数日、腹痛がすこし復活していますが、それでも痛さの程度はまったく楽で、少し痛くなってきたら予防的に早めにオキノームを服薬することにより、2~3包でそれも落ち着いてきます。

今後のことについて

今の私は、これから先私自身がどうゆう状態になっていくのか皆目見当もつきません。
でも一つ決意したこととして、5月に言われた余命の8月になった今、出来るだけQOLを維持しながら長生きし、まだ実現していない私自身の夢を実現させたい。
そう思っているところです。