金木犀の香りに包まれて

2019年9月7日すい臓がんのこと, 商社の本懐

私は、この歳になるまで、正直「死」というものについて一切考えたことがありません。

私は二十歳のころから世界中いろんなところを旅してきました。もし私に死が訪れるなら、それは遠い異国の路上か宿泊先のベッド上だろうと漠然と思っていたぐらいでしかありませんでした。しかし今、死という現実を具体的に目の前に突き付けられて、それに抗いながら、初めて、私は自分の「死に場所」について考えるようになりました。そして、「ここで死にたい」という明確なイメージを持ちました。

それでそれを詩にして表現してみました。

 金木犀の香りに包まれて

俺に死が訪れる時
俺は会社の事務所のこの自分の席に頬杖をついて
椅子に座ったまま眠るように死んで行きたい
忙しそうに事務所を行き来する営業事務員の女の子や 
しかめっ面でPCのモニターに向き合っている技術部の中堅社員
若い外国人社員の男の子に指示を出しているマーケティング・ディレクターの女史
言われた仕事を黙々とこなして行くアルバイトの学生たち

俺は頬杖をついて彼らを見守りながら
微笑んで
死んで行きたい
この事務所、社長である私の席から
彼らを見守りながら
微笑んだまま
その瞬間は決して彼らに悟られることもなく
俺は逝きたい

病院のベッドの上でもなく
我が家の畳の上でもなく
ましてや出張先の異国の路上でもなく

俺は此処 事務所の自分の席で死にたいんだ
みんなを見守りながら微笑んで
やがて目を閉じて
眠るように死んで行きたい

できれば秋の始まる頃がいいな
陽光がなおも赤々としているのに
空が急に随分と高くなって
巷につれない秋の風が吹き始める頃

緑に囲まれたこの事務所にも
金木犀の香りが辿り着くころ

やがて時間が止まるように
俺は静かに密かに死んで行きたい

社員のひとりひとりを見守りながら