遥かなるジョージア
アメリカで一番好きな都市は?と聞かれると躊躇なくポーツマスと答えるだろう。ニューハンプシャー州のこの街は、欧州の面影を残し、瀟洒で素敵だ。
でも私にとって一番魅力的な街は?と聞かれると、それは、南部ジョージア州の州都アトランタかもしれない。
マサチューセッツやニューハンプシャー、メインなどのいわゆるニューイングランドといわれる米国北東部から南部のアトランタやヒューストンに移動してくると、街の雰囲気ががらっと変わる。この雰囲気の対比がいかにも面白い。その雰囲気の違いは、この広大な国の同一季節でも気候が大きく違うという地理的な要因のせいもあろうが、それはまた、それぞれの街が持つ歴史背景や人種構成比率などに起因する部分も大きいのだと思う。
特に、ニューイングランドとジョージア、この二つの地域は、米国の歴史上、南北戦争でいうと北軍と南軍双方に分かれてともに戦った土地柄である。
南北戦争は、学校の教科書では、まるで北部のリベラルな州のあつまりが、黒人奴隷制度を堅持する南部の州を制圧し、そして、リンカーンが奴隷解放宣言を出した、すなわちそれは奴隷解放のためのアメリカ民主主義の正義のための戦いだった、と学校ではなんだかそんな流れで理解したような気がするが、そして北軍=正義、南軍=悪みたいなイメージが子供のころから自分の中に定着していたような気がする。
しかし、それはあまりにも一方的な見方であったといえるだろう。この戦争の背景は単なる奴隷解放のためだけの戦争ではなく、経済的には、北部の工業振興と南部の農業中心の経済といういわゆる南北問題が横たわり、それに北部の、全米統一という理念と、南部の独立という理念が絡んでいたのだと知ったからである。すなわち理念と理念の戦争であったということである。そして、当然ながらその裏には様々な利権が絡んでいた。その利権とリンクしているのが奴隷制度であったと言えるかもしれない。
そのことは、もう10年ほど前、仕事の合間にアトランタ歴史博物館を訪れた時に学んだ。
アトランタといえば、マーガレット・ミッチェルが、その南北戦争を舞台に『風と共に去りぬ』を書いた街である。南北戦争の南側の中心都市であった。
この小さな地方博物館は私にいろんなことを教えてくれた。室内展示品と、コロニー(植民地)の地主と奴隷の生活の対比を示したそれぞれの再現家屋がある外部展示。この博物館の展示は今思い出してもとても構成がうまくわかりやすかった。南北戦争の背景、戦争に至るまでの経緯と闘いの推移。南北戦争後のアトランタの街の発展の様子。南北戦争に関しては今までの自分自身の無知を埋めて行ってくれたという意味では、私は快感すら感じた。
その中で、南北戦争のコーナーの最後のほうの一つの展示物のことを私は今でも忘れられない。
それは、子供のコスチュームの展示であった。小さな男の子のマネキンが着ていたそれは、ざっと見は、ブレザーに半ズボンというありがちな出で立ちであったが、その上着は北軍の兵士の制服を模したものであるとのことであった。その背丈から考えると、これを着ていた子供はちょうど小学校に上がる前の、5、6才ぐらいだったのではないかと思われた。
私の目に張り付いたのは、その上着の左肩につけられたリボンだった。そしてそのリボンには、
“My father was the Soldier"(私の父は兵士だった)と書かれていたのであった。「・・・was・・・」(・・・だった・・・)と私は思わずつぶやいたのを覚えている。
戦争は敵味方なく人々に不幸を招く。利権も理念も関係なく、このことだけが真実のような気がする。
この博物館では、American Civil War(米国市民戦争)となずけられたこの戦争で両軍合わせて60万人以上が死んだということも学んだ。
アトランタにはもう一つ忘れてはならないことがある。それは、この街は、マーチン・ルーサー・キングJr牧師が生まれ育った街だということだ。キング牧師は、1960年代にアメリカ黒人のための公民権運動において民衆を指導し、その最中にノーベル平和賞を得た人である。
彼のワシントンでの演説の中で語られた有名な言葉。
「I have a Dream」(私には夢がある)
どうしてこの言葉がこんなに胸を打つのだろう。キング牧師の夢は、いつの日か白人と黒人の子供たちがともに手をとり、栄光の道を歩んで行くことであった。その栄光とは、「アメリカの自由」。それは、アメリカ建国の理念、“Live Free or Die” (我に自由を!しからずんば死を!) につながってゆく。
この言葉、 “Live Free or Die” は一番最初に言及したニューハンプシャー州の州是でもある。
キング牧師の公民権運動は黒人差別の終焉のための運動だったけど、 「I have a Dream」 という、この言葉に胸を打たれる理由は、この短い言葉に、人として生きるということの本質が語られているからなのかもしれない。
今、トランプが率いるアメリカは軽薄と混迷の中であえいでいる。アメリカ政府自体、今一度おのれの国が歩んできた歴史に立ち返ってみる必要があるのでは?と私は思うのである。
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